果樹栽培において「土づくり」が成功の鍵であり、その中でも「生物性」は物理性と並んで非常に重要な要素である。近年の農業では、土壌中の微生物の働きに着目した**「土の健康」**という考え方が注目されており、微生物が豊かに存在し、バランスよく働いている土壌こそが、高品質・高収量・持続可能な果樹園経営を支えている。

本記事では、土壌の生物性とは何か、その役割、具体的な改善方法、果樹との関係性について詳述する。
土壌の生物性とは何か?
土壌の生物性とは、「土の中に存在する生物の活動や、それによってもたらされる土壌環境の性質」のことを指す。対象となる生物には以下のようなものが含まれる。
- 微生物(細菌、放線菌、糸状菌、酵母、原生動物など)
- 菌類(特に菌根菌)
- 線虫やミミズなどの土壌動物
- 根圏微生物(植物の根の周囲に共生する微生物)
生物性の高い土壌とは、これらの微生物が多様に存在し、活発に代謝活動を行っている状態を指す。
微生物の主な働き
- 有機物の分解
→ 堆肥・落ち葉・根などの有機物を分解し、植物が吸収できる形に変える。 - 養分の無機化・可溶化
→ 窒素、リン酸、カリウムなどの栄養素を根が吸収できる状態に変える。 - 土壌構造の改善
→ 微生物の粘性物質(多糖体)が団粒構造を作り、通気性・排水性が向上する。 - 有害菌の抑制
→ 有用菌が病原菌の繁殖を抑える「拮抗作用」により病気を防ぐ。 - 植物との共生
→ 菌根菌や根粒菌などが、植物と共生関係を築き、栄養吸収やストレス耐性を強化する。 - 病原菌の分解
→ 病害菌の細胞壁や毒素を分解し、土壌の病原性を低下させる。
果樹栽培における生物性の効果
果樹は多年生植物であり、根が年単位で土壌中に存在し続ける。そのため、根圏微生物のバランスや土壌全体の生物性の影響を受けやすい。生物性が高まることで以下のような効果が得られる。
- 根張りが良くなり、乾燥や病害への耐性が向上する
- 施肥効率が高まり、化学肥料の使用量が減らせる
- 連作障害が軽減される
- 病気に強い健全な土壌環境が維持される
- 土壌表層の硬化や団粒構造の崩壊が抑制される
- 果実の糖度や食味にプラスの影響を与える(根の健全性が果実品質に関与)
生物性が低下する原因
反対に、以下のような要因が続くと、土壌の生物性は急激に低下する。
- 過剰な化学肥料(特にチッソ)の連用
- 殺菌剤・殺線虫剤などの連用
- 堆肥や有機物の不足
- 土壌の過湿または過乾燥
- 土壌pHの極端な偏り
- 耕起や踏圧による土壌構造の破壊
これらが複合的に作用することで、「死んだ土」になる。微生物の種類が単純化され、有用菌よりも病原性の強い菌や悪臭を出す菌が増殖しやすくなる。
土壌の生物性を高める方法
- 完熟堆肥の施用(毎年)
- 未熟な堆肥ではなく、しっかりと発酵・熟成された完熟堆肥を投入
- 年間1〜3トン/10aが目安(作物や地域により調整) - 緑肥作物の導入
- ソルゴー、ヘアリーベッチ、えん麦などの緑肥を育て、鋤き込むことで土壌に有機物と根圏微生物の多様性をもたらす - 草生栽培(草を残す管理)
- 果樹の間に雑草や芝を残すことで、根の活動域が増え、微生物のエサや住処が増える - 微生物資材の利用
- 納豆菌、乳酸菌、放線菌、光合成細菌、EM菌などの微生物資材を投入
- 特にボカシ肥料(発酵有機肥料)などは生物性活性に効果的 - 化学肥料の低減
- チッソの過剰施用は腐敗菌を増やすため、有機質肥料中心の設計が望ましい - 土壌のpHを適正に維持
- 極端な酸性(pH5以下)やアルカリ性(pH7.5以上)では微生物の活動が低下するため、果樹に適したpH5.5〜6.5を維持 - 耕起・踏圧の低減
- 過剰な耕耘は土壌生物のネットワークを破壊する
- 作業道の集中、トラクタの走行ルートの固定化などで土壌を守る
生物性の診断方法
土壌の生物性は目で見えないため、以下のような方法で間接的に確認できる。
- 土の匂いが良い(腐植の香りがある)
- ミミズが多く見られる(1㎡あたり10匹以上)
- 団粒構造が多く、手でほぐすと崩れる
- 雨のあとも水がしみ込みやすい
- 堆肥や緑肥の分解が早い
- 果樹の根がまっすぐ地中に伸びる
また、近年は「土壌微生物DNA解析」などの精密検査も可能になっており、どんな菌種がどれだけ存在するかのデータも取れるようになってきている。
菌根菌と果樹の共生
果樹と深い関わりを持つ微生物に「菌根菌(きんこんきん)」がある。菌根菌は果樹の根と共生関係を築き、以下のような役割を果たす。
- リン酸やミネラルを植物に供給する
- 根の表面積を広げ、水分吸収効率を高める
- 病原菌の侵入を防ぐバリアの役割を果たす
- ストレス環境(乾燥、塩害、低温)への耐性向上
菌根菌は特定の環境や微生物相でしか増えないため、土壌生物性の維持が重要である。
果樹の品種と生物性の関係
果樹の種類や品種によって、必要とする微生物や反応の仕方に違いがある。
- リンゴ、ナシ、モモなどは菌根菌との共生が強い
- ブドウ、ブルーベリーなども微生物との相互作用により糖度や香りに違いが出る
- カンキツ類は有機物による土壌改善との相性が良い
したがって、果樹ごとの特性を理解し、それに合った生物性強化の手法を選ぶことが望ましい。
まとめ:生物性は“見えないけれど最大の力”
土壌の生物性は、目には見えないが、栽培現場のあらゆるプロセスに影響を与える。根の健康、養分の循環、病害の抑制、土壌構造の維持、果実品質の向上――それらすべての背後には、土中の微生物の営みがある。
果樹園を長期にわたって健康に保ち、持続可能な農業を実現するには、「生物性を育てる」という視点を常に持ち続けることが不可欠である。