ワインの世界では、フランス・ボルドー地方の五大シャトーの隣にある畑が、しばしば注目を集める。
なぜなら、同じ気候、同じ地質、同じ風の流れの中でありながら、
「造り手の哲学」によってまったく異なる香りと味わいを生み出すからだ。
名門の名に隠れることなく、
あえて“隣”という立場で独自の価値を示すこと。
そこには、伝統に敬意を払いながらも、新しい美味しさを模索する者だけが持つ静かな誇りがある。
私たちの畑――長野県立科町「牛鹿(ushiroku)」も、まさにそんな場所だ。
りんごの名産地・五輪久保のすぐ隣。
気候も、標高も、風の通り道も、ほとんど同じ。
しかし、育てる哲学はまったく違う。
■ 五輪久保に学び、土に還る哲学を磨く
五輪久保は、日本のりんご文化を変えた地として知られる。
サンふじの無袋栽培発祥の地。
その名は、まるで「ラフィット・ロートシルト」のように、長野りんごの頂点を象徴している。
アップルアートは、その隣でりんごを育てながら、
五輪久保の先人たちの知恵と挑戦に深く敬意を抱いている。
しかし同時に、私たちの視線は“土の中”へと向いている。
五輪久保が光でりんごを磨いたなら、
アップルアートは土でりんごを育てる。

■ 気仙沼から届いた「海の記憶」
私たちの畑には、海の恵み――気仙沼の牡蠣殻が使われている。
2011年、東日本大震災のとき、
アップルアートで搾ったりんごジュースを、被災地・気仙沼に届けた。
そのご縁が、今も続いている。
牡蠣殻は、カルシウムやミネラルを豊富に含み、
土を柔らかくし、根がのびやかに呼吸できる環境をつくる。
それはまるで、ワインでいう海風がブドウに個性を与えるテロワールのようなものだ。
気仙沼の海の記憶を宿した土が、立科の大地で新たな生命を育む。
それが私たちの“海と山の循環”の哲学である。
■ 微生物とともに生きる畑
さらに、私たちは乳酸菌・酵母菌・なっとう菌を自家培養し、土に還している。
これらの微生物は、ワインでいえば“野生酵母”にあたる存在。
乳酸菌は土を健やかに保ち、酵母菌は有機物を分解し、
ナットウ菌は根の周りをふかふかにする。
それぞれが調和しながら、目に見えないレベルで果実の味わいを変えていく。
この微生物の多様性こそが、
私たちのりんごに奥行きのある香りと深い甘みを生み出している。
農薬や化学肥料を出来る限りへらし、
自然の力だけで“生きた土”をつくる。
それが私たちの目指す農法だ。
■ 伊勢神宮への奉納――“祈り”を込めた果実
私たちのりんごは、毎年伊勢神宮に奉納されている。
それはただの伝統ではない。
自然への感謝、いのちへの祈りを形にした行いだ。
ワインの世界で、名門シャトーが“神への捧げ物”としてワインを醸すように、
私たちは大地の恵みを神前に捧げる。
太陽と風、土と微生物、人と海。
すべての命が重なり合って生まれたりんごを、
感謝とともにお供えする。
それがアップルアートにとっての“テロワール”の完成形である。
■ 五輪久保の隣から生まれる、新しいブランド
五輪久保が「無袋栽培」という革新でりんごの歴史を変えたように、
私たちは「土と微生物」というアプローチで次の時代を切り拓きたい。
同じ立科の風を感じながら、
私たちは異なる音色で果実を奏でている。
五輪久保のりんごが“クラシック”なら、
牛鹿のりんごは“ジャズ”。
基礎は同じだが、そこに自由なリズムと個性が息づいている。
この違いこそが、隣の畑から生まれる最大の魅力だ。
■ お客様へ――“隣の畑”の価値を届けたい
お客様にとって、私たちのりんごは
単に「美味しい果物」ではない。
微生物の力で育ったりんごは、栄養バランスがよく、後味が澄んでいる。
牡蠣殻を入れた土で育つことで、果肉が引き締まり、味わいにミネラル感がある。
伊勢神宮に奉納される果実として、安心と信頼の象徴でもある。
つまり、私たちのりんごは“ストーリーを味わう果実”だ。
それはまるで、グラスを傾けた瞬間にその土地の風景が浮かぶワインのように、
一口食べれば、立科の大地と気仙沼の海が重なる味わい。
五輪久保の伝統を敬いながらも、
自分たちの哲学を信じて歩む。
それが、アップルアートのりんごブランドである。
■ 結び ― “隣の畑”だからこそ見える景色がある
名門の隣で育つこと。
それは比較ではなく、継承と進化の証だ。
ワインの世界で「隣の畑」から偉大な新星が生まれるように、
私たちも五輪久保の隣から、
新しい立科りんごの物語を紡いでいく。
伝統の香りを受け継ぎながら、
未来の味を創る――。
それが、アップルアートの使命であり、誇りである。