一言で言うと:
植物自身が持っている免疫力(防御反応)を、根などからの刺激によって全身的に高める仕組みです。

ISRの仕組み(基本)
1. トリコデルマ菌が根に接触
トリコデルマ菌は植物の根の表面(根圏)に住み着き、根の細胞と“軽く”相互作用します。
このとき、菌が特定の分子(MAMPs:微生物関連分子パターン)を植物に提示します。
2. 植物が刺激を受ける(非病原性刺激)
トリコデルマは病原体ではありませんが、植物は「何か来たぞ」と反応します。
その結果、植物内部で防御スイッチが準備状態に入ります(“プライミング”)。
3. 全身に防御状態が伝達される
根で受けた刺激により、**防御信号(主にジャスモン酸やエチレン系シグナル)**が葉などの遠くの組織にも伝わります。
これにより、実際に病原菌が攻撃してきたとき、より早く・強く防御反応が起こるようになります。

SARとの違いは?
項目 ISR(誘導獲得抵抗性) SAR(全身獲得抵抗性)
誘導源 非病原性微生物(例:トリコデルマ) 実際の病原体やウイルス感染
主な信号物質 ジャスモン酸(JA)、エチレン(ET) サリチル酸(SA)
効果 昆虫、カビ、細菌など幅広い防御 特定の病原菌に強い

ISRを引き出すトリコデルマの具体的作用
細胞壁の強化
リグニンやセルロースの合成を促進し、物理的に破られにくい壁を作る。
抗菌物質の産生促進
植物自身が持つファイトアレキシンやPRタンパク質(病原関連タンパク質)の生産を活性化。
活性酸素(ROS)の増加
感染時に活性酸素(例:H₂O₂)を一気に放出して病原菌を撃退。
ストマの閉鎖や、病原菌侵入阻止の信号反応も加速。
ISRを引き出すにはどうしたらいいの?
1. トリコデルマ菌を健全に根圏に定着させる
栽培初期(定植時や育苗時)にトリコデルマを灌注・施用。
有機質を少し加えると定着しやすくなります。
2. ストレスの少ない栽培環境を整える
MgやCaなどのミネラルバランスもISRの発現に影響します。
根が傷んでいたり過湿だと、菌が定着せずISRが誘導されにくくなります。
3. 薬剤との併用に注意
トリコデルマは化学農薬(特に殺菌剤)で死滅することがあります。
低毒性 or 生物農薬と併用が理想的です。

実際の効果例(研究結果)
トリコデルマ施用により、キュウリやトマトで灰色かび病・根腐病の発症が50〜70%低下。
葉面散布より根からの接種のほうが高いISR効果を示す。
桑などの樹木でも、病原菌に対する抵抗性が増し、生育も促進される傾向。
まとめ
ISRは「植物の自己防衛力を高めるブーストスイッチ」。
トリコデルマ菌は、このスイッチを根圏から優しく押す存在。
薬のように“直接殺す”のではなく、植物の力を引き出して病気に強くするのが特徴です。
ISR(誘導獲得抵抗性)とSAR(全身獲得抵抗性)は、たしかにどちらも「植物が自分の免疫力を高める仕組み」なので、ぱっと見は似ています。
でも、“起こるきっかけ”と“反応の種類”が異なるという点が重要です。
以下に、違いをわかりやすく比較表と解説でまとめます。
ISR(Induced Systemic Resistance:誘導獲得抵抗性)
特徴 内容
きっかけ トリコデルマ菌・バチルス菌など、非病原性の有用微生物の刺激によって発動する
主な場所 主に根圏で起こる(根に菌が定着)
働く成分 ジャスモン酸(JA)とエチレン(ET)が中心
反応の特徴 植物は「警戒モード」に入り、攻撃された時に素早く防御反応を出す準備状態(プライミング)になる
対象となる病害虫
広範囲(菌・ウイルス・昆虫)などの広い範囲での抵抗力を向上
例 トリコデルマでキュウリの灰色かび病の発生抑制、バチルスで根こぶ病の抑制など
SAR(Systemic Acquired Resistance:全身獲得抵抗性)
特徴 内容
きっかけ 病原菌やウイルスなどによる本当の感染ダメージが引き金となって発動
主な場所 葉などの感染部位の近くで始まり、全身へシグナルが送られる
働く成分 サリチル酸(SA)が中心
反応の特徴 抗菌タンパク質(PRタンパク)を事前に作っておくなど、常時の“防御体制”が強化される
対象となる病害虫 特に細菌やウイルス、特定の真菌に対して強い抵抗力を発揮
例 モザイクウイルス感染後に隣の葉がウイルスに強くなる、など

簡単なたとえで言うと?
状態 ISR(誘導獲得抵抗性) SAR(全身獲得抵抗性)
たとえ 「訓練で心構えを整えた状態」 「実際に敵に襲われて、体が防衛体制に入った状態」
主役 トリコデルマなど微生物 病原体そのもの
効果 警戒モードで素早い反応 防御装備を常に着ている状態
農業での使い分けのポイント
ISR(誘導獲得抵抗性)は「予防的に植物を強くする」。
→ トリコデルマ菌やバチルス菌などの有用微生物をあらかじめ施用しておく。
SAR(全身獲得抵抗性)は「実際に病気にかかった後に他の部分が強くなる」。
→ サリチル酸やその誘導体(アセチルサリチル酸など)を人工的に散布することも可能。
まとめ
比較項目 ISR(誘導) SAR(感染由来)
発動条件 有用微生物などの刺激 病原菌などの本当の感染
信号分子 ジャスモン酸・エチレン サリチル酸
反応の性質 プライミング(準備モード) 本格防御(抗菌物質などを出す)
有効範囲 広範囲な病害虫に強い 一部の病原体に強い
実用性 微生物施用などで“事前防除”が可能 一度病気にならないと誘導されないことが多い
「同じじゃないか?」と思うのはとても自然なことですが、
ISRは“病気にかかる前から備えられる”防御スイッチ、
SARは“病気にかかった後に発動する”防御強化システム、
という風に理解するとスッキリします。

新しい農業と「バイオスティミュラント」の必要性について
- トリコデルマと植物の関係性について -
1. トリコデルマとは?
トリコデルマは有用微生物で、従来は「生物防除材」として知られ、病原菌に対する強い拮抗作用や菌寄生性によって作物の病害軽減に活用されてきた。
代表的な例は、イネの病気予防に使われるTrichoderma atroviride。
2. 病害防除以外の作用
近年の研究で、トリコデルマは以下のように植物へ多様なプラス効果をもたらすことが分かってきた。
- 成長促進(種子発芽、根の伸長、収量増)
- 栄養吸収促進(PやFeの吸収効率の向上)
- 抗ストレス作用(乾燥、塩害、低温等への耐性)
- 全身獲得抵抗性(SAR)の誘導
- オーキシン様物質の分泌による植物ホルモン様作用
3. トリコデルマと植物の共生的関係
菌根菌や根粒菌ほどの明確な共生関係ではないが、トリコデルマは植物の根圏に定着し、分子レベルで相互作用を行っている。
植物に利益を与えることで、自らも根の拡大と資源獲得という恩恵を得ている。
4. 今後の可能性
トリコデルマは単なる病害防除材ではなく、マルチな機能(成長・栄養・ストレス耐性)を持つバイオスティミュラントとして注目されつつある。
これまで過小評価されていた農業的価値の再評価が進み、より多彩な使い方が今後期待される。
まとめ:
トリコデルマは病原菌の抑制にとどまらず、植物の成長促進や環境ストレスへの耐性向上といったバイオスティミュラント的な多機能性を持つ微生物であり、今後の持続可能な農業においてその重要性が増すと考えられる。
参考:アリスタ通信