「リンゴとコーヒーを掛け合わせた商品は、なぜほとんど存在しないのか。」
この素朴な疑問から、すべては始まりました。
長野県・佐久エリア、標高800メートル。澄んだ空気と四季の移ろいがはっきりと感じられるこの地に、小さなコーヒー屋があります。
その名は「標高800コーヒー」。

もともとこの店を営むご夫婦は、神戸市にある化学系企業の研究開発部門で、約20年間働いていました。理系のバックグラウンドを持ち、日々新しい素材や技術と向き合ってきた二人。そんな彼らが2021年、大きな決断をします。会社を辞め、神戸を離れ、この佐久の地へ移住するという選択でした。
移住先に選んだのは、うぐいすの森別荘地。標高800メートルという自然豊かな環境です。
そして翌年の2022年8月、「標高800コーヒー」として新たな一歩を踏み出しました。
自家焙煎コーヒー豆の販売を中心に、イベント出店や間借りカフェなど、地域に根ざした活動を少しずつ広げてきました。
ただし、本人たちが語るように、コーヒーを本格的に学び始めたのは移住してから。いわば「コーヒーの世界では新人」です。
しかし、その代わりに彼らには強みがあります。
それは、「研究開発の思考」です。
仮説を立て、検証し、条件を変え、最適解を探す。
ゼロから何かを生み出すことにかけては、むしろプロフェッショナルでした。
そんな二人にアップルアートから、ある依頼が届きます。
「リンゴとコーヒーを組み合わせた商品を作れないか。」
一見すると相性が良さそうに思えるこの組み合わせ。しかし実際に調べてみると、世の中にはほとんど存在していません。
既存の事例も確認しましたが、リンゴの繊細な香りや味わいを十分に表現する点には、まだ課題があると感じました。
なぜなのか。
検討を重ねる中で見えてきたのは、リンゴという素材の「繊細さ」でした。
リンゴの香りは非常にやさしく、揮発しやすい。そのため濃縮することが難しく、コーヒーの苦味やコクに簡単にかき消されてしまいます。
市場にある「リンゴ風味」の多くが香料に頼っているのも、このためです。
つまり、リンゴの自然な香りを活かしたままコーヒーと融合させることは、想像以上に難しい課題だったのです。
試行錯誤の末、彼らがたどり着いた一つの答え。
それは、「コーヒーをリンゴに寄り添わせる」という発想でした。
通常のコーヒーは苦味やコクを重視しますが、それではリンゴの香りは埋もれてしまう。
そこで、焙煎度合いを大胆に見直しました。
採用したのは、浅煎りから中浅煎り(シナモンロースト〜ミディアムロースト)。
苦味を抑え、酸味と甘みを引き出すことで、リンゴの風味と調和する設計にしたのです。
さらに、焙煎方法にも工夫を加えました。
通常よりも低温で、じっくりと時間をかけて焙煎する。一般的な焙煎の2〜5倍の時間をかけることで、渋みや雑味を抑え、クリアな味わいを目指しました。
使用するコーヒー豆にもこだわりがあります。
選ばれたのは、フルーティーな香りを持つエチオピア産のゲイシャ種。リンゴに近い華やかな風味を持ちながら、バランスの良い味わいが特徴です。
さらにもう一手間。
コーヒー豆を挽いた際に生じる微粉末は、雑味の原因になります。そこで、あえてふるいにかけて微粉を取り除くという工程を加えました。
こうして、「リンゴを引き立てるためのコーヒー」が完成していきます。
そして最後に、リンゴそのものの力を活かす工程へ。
リンゴの香りをコーヒー豆に移し、さらに乾燥リンゴを少量ブレンドすることで、香りと味わいの一体感を生み出しました。
こうして誕生したのが、「アップルコーヒー」です。
それは、単なるフレーバーコーヒーではありません。
リンゴとコーヒーが互いに主張しすぎることなく、自然に調和した、新しい味わいの提案です。

楽しみ方にも、ちょっとした仕掛けがあります。
基本の抽出は、ドリップパック1つ(約10g)に対して、70〜80℃のお湯を120ml。
やや低めの温度で丁寧に淹れることで、繊細な香りが引き立ちます。
最初の一口は、コーヒーの印象がやや強く感じられるかもしれません。
しかし、ここからがこの商品の面白いところ。
少しずつお湯を足していくと、今度はリンゴの香りがふわりと前に出てきます。
一杯の中で味わいが変化していく体験は、まるで新しい飲み物と出会っているかのようです。
リンゴは、コーヒーになれるのか。
その問いに対する一つの答えが、この「アップルコーヒー」です。
研究者としての視点と、農産物への敬意。
そして、地域から新しい価値を生み出そうとする挑戦。
この一杯には、そのすべてが詰まっています。
ぜひ、これまでにない味わいを体験してみてください。


