目次
1. なぜリンゴ栽培において土壌の化学性が重要なのか?
リンゴは多年生の果樹であり、10〜30年にわたり同じ場所で栽培されることが多いため、初期の土壌設計が収量・品質・木の寿命に大きく影響します。
化学性とは、土壌に含まれる養分(肥料分)やイオンバランス、酸度(pH)などの性質のことを指します。
リンゴにとって最適な化学性を維持することが、根の発育を助け、果実の肥大や色付き、糖度向上につながります。
2. リンゴ栽培における理想的な化学性の基準
以下は、リンゴにとって「適正」とされる土壌化学性の指標です。
- pH(酸度):5.5〜6.5(最適は6.0付近)
- CEC(陽イオン交換容量):10〜25 cmol/kg(高い方が保肥力がある)
- 塩基飽和度:70%以上(Ca、Mg、Kのバランスが重要)
- 電気伝導度(EC):0.2〜0.5 mS/cm(0.6以上は高塩類)
- カルシウム(CaO):1,000〜2,000 mg/kg
- マグネシウム(MgO):100〜300 mg/kg
- カリウム(K2O):100〜300 mg/kg
- リン酸(P2O5):100〜300 mg/kg
- ホウ素(B):0.5〜1.0 mg/kg
- マンガン(Mn)、鉄(Fe)、亜鉛(Zn)など微量要素:可給性に注意
3. 各要素の役割とリンゴへの影響
■ pH(酸度)
- 最も基本的な要素
- pHが適正でないと、他の栄養素が吸収されにくくなる
- pH5.0以下 → 鉄やアルミニウムの毒性発現、根の障害
- pH7.0以上 → ホウ素やリンが固定され吸収不良
改善方法:
- 酸性 → 石灰資材(苦土石灰、炭カルなど)
- アルカリ性 → ピートモス、有機物、硫黄系資材でpH調整
■ CEC(陽イオン交換容量)
- 土壌が栄養分を保持できる力
- CECが高いと、肥料が流亡しにくく、持続的に効く
- 腐植や粘土鉱物の多い土壌で高くなる
改善方法:
- 腐植質堆肥、緑肥導入、炭素資材(バイオ炭)でCECを高める
■ カルシウム(Ca)
- 果肉の細胞壁形成に必須。品質・貯蔵性に直結
- 不足すると、「苦味障害」「日焼け果」「内部褐変」などが発生
対応:
- 苦土石灰、貝殻石灰などの施用(元肥または基肥)
- 生育後期にはカルシウム葉面散布を併用
■ マグネシウム(Mg)
- 葉緑素の主成分。光合成に不可欠
- 不足すると、**葉の黄化(特に古葉から)**が見られる
対応:
- 苦土石灰の施用(Caと同時補給が可能)
- 土壌が酸性すぎるとMgも流亡しやすく注意
■ カリウム(K)
- 果実の糖度や色付きの向上に関与
- 過剰になるとCaの吸収を阻害し、品質障害の原因に
対応:
- 元肥で適正量を供給し、追肥・葉面散布は必要量に絞る
- 肥効調整型肥料を活用すると持続的供給が可能
■ リン酸(P)
- 根の発達と花芽形成に重要
- リン酸が過剰になると、鉄や亜鉛の吸収を阻害する
対応:
- 完熟堆肥や魚粉など、有機リンを活用することで過剰リスクを軽減
■ ホウ素(B)
- 細胞分裂や花粉管伸長に不可欠
- 不足すると奇形果や落花・落果が発生しやすくなる
対応:
- ホウ砂(ホウ素肥料)の適量施用(多すぎると毒性)
- 定期的な葉面散布も効果的
4. 土壌分析の活用と施肥設計
■ 分析の頻度
- 圃場ごとに3年に1回以上の土壌分析が望ましい
- 定植前、新植前、連作前には必ず分析
■ 分析結果からの施肥計画の立て方
- pH調整 → 必要なら石灰資材を施用(半年〜1年前から)
- 不足成分は元肥で補給、過剰成分は施用を中止
- 微量要素(ホウ素、亜鉛)は葉面散布で補完

5. 化学性が乱れた場合の症状と改善例
化学性の問題 | 発生する症状 | 対応策 |
---|---|---|
pH低下(酸性化) | 根の腐敗、鉄過剰、ホウ素不足 | 苦土石灰、炭カルの施用 |
Ca不足 | 果実の苦味障害、日焼け、腐敗 | Ca資材(石灰)と葉面散布 |
K過剰 | Ca吸収阻害 → 品質低下 | K施肥を中止、Ca補給強化 |
ホウ素不足 | 奇形果、落花、成長抑制 | ホウ素資材、葉面散布 |
EC過剰(塩類濃度高) | 根の焼け、成長停滞 | 施肥中止、水洗、堆肥改良 |
6. 有機質肥料と無機質肥料の使い分け
有機質肥料(堆肥・油かす・魚かすなど)
- 土壌改良と緩効性の供給に優れる
- 微生物活性を高め、生物性も向上
- 地温が低いと分解が進まず効果が出にくい
無機質肥料(化成肥料・硫酸カリ・尿素など)
- 速効性があり、施用量の調整が容易
- 即効性が欲しい場合や、追肥として有効
- 過剰使用は塩害や微生物のバランス崩壊を招く
7. 土壌の塩類集積とその対策
- 年々化成肥料を使いすぎると、塩類が蓄積(ECが上昇)
- 根が塩害を受けると吸水障害、根腐れ、落葉を引き起こす
対策:
- 化成肥料の過剰投与を控える
- ECが高い場合は潅水や客土、堆肥による改良
- EC0.5mS/cmを超えると注意、0.7以上は施肥制限
8. 実践的な化学性改善のステップ
- 土壌診断を受け、数値を可視化
- pH、Ca、Mg、CECを優先的に整える
- 元肥・追肥を施肥設計に基づいてバランスよく分施
- 有機質肥料と無機質肥料を組み合わせる
- 微量要素を葉面散布などで補完
- 改善後は数年単位で経過を観察・分析

9. まとめ:化学性を整え、リンゴの力を最大限に引き出す
リンゴ栽培における土壌の化学性は、見えないが確実に木と果実の生育を左右する要素です。
適切なpH、Caやホウ素の補給、過剰成分の抑制などを通じて、リンゴ本来の力を引き出し、病気に強く、高糖度で美しい果実を収穫できます。
土壌は、ただの“入れ物”ではなく、“生きた環境”です。
長く使うリンゴ園だからこそ、計画的な化学性管理による「根に優しい土づくり」が、収益と品質を両立させる最大の鍵となります。