リンゴの樹は、ただ単に肥料を与え水をやれば育つものではありません。
土壌の中に生息する多様な微生物たちとの「共生関係」が、樹の健康や収量に大きな影響を及ぼします。
特に有用菌は、養分吸収や病害抑制、根の成長促進など、多面的にリンゴの成長を支える重要な存在です。
この記事では、有用菌がリンゴに与えるメリットと、それを引き出すための農家の土づくりの実践、そしてその効果がなぜ栽培の「7割」を決めると言われるのかを科学的視点から解説します。

- 1 1. リンゴにとって有用菌がもたらすメリットとは
- 2 2. これらのメリットを最大化するために農家ができること
- 3 3. 土づくりがリンゴ栽培の「7割」を決める理由
- 4 まとめ
- 5 リンゴの健康な成長と高収量のカギは、土壌中に生息する多様な有用菌との「科学的かつ実践的な共生関係」にあります。菌根菌やトリコデルマ菌、バチルス菌、放線菌、乳酸菌などの微生物は、養分吸収、病害抑制、根の成長促進、土壌環境改善などの複合的なメリットをリンゴに提供します。その効果を最大限に引き出すために、農家は有機物投入、適正なpH管理、化学肥料の節減、有用菌の投入、水管理といった土づくりの基本をしっかり行うことが重要です。これにより、土壌環境が良好に保たれ、微生物の活動が活発化し、リンゴの樹は健全に育ちます。したがって、土づくりの善し悪しは、結果としてリンゴ栽培の約7割を決めると言っても過言ではありません。科学的根拠に基づいた土づくりの実践が、安定的で高品質なリンゴの生産を支えているのです。
1. リンゴにとって有用菌がもたらすメリットとは
1-1. 栄養吸収の効率化
植物は主に光合成によって糖を作り、根を伸ばし土中の水分や養分を吸収します。
しかし、リン酸や微量元素などは土壌中に不溶性の形で存在することが多く、根だけで効率的に吸収することは困難です。
ここで活躍するのが「菌根菌(特にVesicular-Arbuscular Mycorrhizae菌、略称VAM菌)」です。
菌根菌は根に菌糸を伸ばし、根の表面積を何十倍にも拡大。
土壌中のリン酸イオン(H2PO4−やHPO42−)を吸収し、根に供給します。
根はその代わりに光合成産物であるグルコース(C6H12O6)を菌に渡すため、互いに利益を得る「相利共生」と呼ばれる関係を築いています。
菌根菌によって養分吸収の効率は格段に向上し、結果として果樹の生長や収量の増加につながります。
1-2. 病害からの防御と根の健全化
トリコデルマ菌やバチルス属菌は、根の周囲(根圏)に生息し、病原菌からリンゴの根を守ります。
トリコデルマ菌は病原菌の細胞壁成分であるβ-1,3-グルカンやキチンを分解する酵素を分泌し、病原菌の侵入や増殖を抑制。
また、トリコデルマ菌やバチルス菌は抗菌物質を産生し、さらに植物自身の防御システムを活性化(誘導性抵抗)させることで、リンゴの根を強化します。
1-3. 根の成長促進
バチルス菌は根の成長ホルモンである「インドール酢酸(IAA)」を合成・分泌し、根の細胞分裂や伸長を促進します。
これにより根張りが良くなり、養分・水分吸収能力が高まります。
トリコデルマ菌も根の成長促進に寄与する物質を分泌し、健全な根系を育てます。
1-4. 土壌環境の改善
放線菌は土壌中の難分解性有機物(セルロースやリグニン)を分解し、腐植(安定した有機物)を形成します。
腐植は土壌の物理的性質(団粒構造の形成や保水性の向上)、化学的性質(養分の保持や緩衝能の向上)を改善し、微生物活動を活発にすることで、リンゴの生育環境を良好にします。
さらに、乳酸菌などの微生物は有機酸を生成して土壌pHを調整し、病原菌の増殖を抑えます。
2. これらのメリットを最大化するために農家ができること
2-1. 有機物の適切な投入
微生物は炭素源(エネルギー源)として有機物を必要とします。
完熟堆肥や米ぬか、緑肥などの良質な有機物を土壌に投入することで、微生物が活性化し、土壌生態系のバランスが整います。
ただし未熟な堆肥は嫌気状態を生み根腐れを起こすため注意が必要です。
2-2. 適正なpH管理
多くの有用菌はpH6.0〜6.5の弱酸性〜中性環境で最も活発に活動します。
石灰などでpHを調整し、菌の活着・定着を促すことが重要です。
2-3. 化学肥料や農薬の過剰使用を控える
窒素肥料の過剰投与や農薬の乱用は、有用菌を含む微生物群の活動を阻害します。
化成肥料を控え、有機物主体の肥培管理を心がけることが、菌根菌やトリコデルマ菌などの生存に寄与します。
2-4. 有用菌資材の投入
菌根菌、トリコデルマ菌、バチルス菌などを含む複合菌資材が市販されています。
これらを土壌または苗木の根に適切に接種し、定着を促進することで、微生物由来の効果を高めることができます。
ただし、単回投入でなく、土壌環境整備とセットで継続的に管理する必要があります。
2-5. 水管理と耕うん
適度な水分と通気性を保つために排水対策や軽い耕うんを行い、根圏の酸素供給を確保します。
嫌気的な土壌環境は微生物の死滅や根の障害につながります。
3. 土づくりがリンゴ栽培の「7割」を決める理由
栽培の現場では「土づくりが7割」と言われますが、これは単に肥料の量や種類の問題ではなく、土壌中の微生物と植物の相互作用の良し悪しが樹の健全成長と収量を左右するからです。
- 養分の可用性が大幅に向上する
根だけでは取りきれないリン酸や微量元素を有用菌が効率的に供給。 - 病害発生リスクの低減
トリコデルマ菌やバチルス菌が土壌病害の抑制を担うため、薬剤依存を減らせる。 - 根の生長が促進されるため、樹勢が良くなる
根がしっかり張ることで乾燥・風害耐性が上がり、吸水・吸肥効率もアップ。 - 土壌の物理・化学的性質が改善される
腐植の増加により団粒構造が形成され、保水性と排水性のバランスが取れる。
このような土壌環境が整うことで、リンゴはストレスに強くなり、安定した果実の生産が可能になります。
