果樹栽培において、**「土が7割」**という言葉があるように、良い土づくりは高品質な果実の安定生産の土台となる。そして、土づくりの中でも「化学性」は、植物に必要な養分を供給し、根の吸収環境を整える要素として欠かせない。
とくに果樹は多年生作物であり、1度植えたら10年〜数十年にわたって同じ土壌に根を張り続けるため、土壌の化学性を良好な状態に保つことは、短期的にも長期的にも極めて重要である。
1. 土壌の化学性とは何か?
「土壌の化学性」とは、土の中の**栄養素の状態や、pH(酸性・アルカリ性)、塩基バランス、CEC(陽イオン交換容量)**などの化学的な性質のことを指す。
主な構成要素は以下の通り:
- pH(酸性・アルカリ性)
- EC(電気伝導度・塩類濃度)
- CEC(陽イオン交換容量)
- 塩基飽和度
- 主要養分の含量(N, P, K, Ca, Mg, Sなど)
- 微量要素(Fe, Mn, Zn, Cu, B, Moなど)
- 有害成分(Na, Al, 塩類など)
これらの要素が適正範囲にあることで、果樹の根が健康に生育し、養分を十分に吸収できる。
2. なぜ化学性が重要なのか?
化学性は「栄養供給力」と「根の健康」に直結する。具体的には以下のような点が重要である。
- 適切なpHでないと根が栄養を吸えない
- 養分が過剰・不足すると障害が出る
- アンバランスな肥料設計で拮抗作用が発生する
- CECが低いと、施した肥料が流亡しやすい
- 塩類濃度(EC)が高いと根が水を吸えず枯れる
果樹栽培においては、「効く肥料」ではなく「吸える環境」を作ることが最も重要であり、それを支えるのが土壌の化学性である。
3. 重要な化学性要素とその役割
pH(酸性・アルカリ性)
- 多くの果樹が好むpHは5.5〜6.5
- 酸性に傾くとアルミニウムや鉄などが過剰に溶出し、根に害を与える
- アルカリ性に傾くと鉄・亜鉛・マンガンなどの微量要素が吸収されにくくなる
CEC(陽イオン交換容量)
- 土壌が栄養を“つかむ力”
- 高いほど、施した肥料が保持されやすく、流亡しにくい
- 黒ボク土や腐植に富んだ土壌では高く、砂質土壌では低い傾向
塩基飽和度
- Ca²⁺、Mg²⁺、K⁺、Na⁺などの陽イオンの占める割合
- Ca(カルシウム)が多く、Na(ナトリウム)が少ないほど健全な環境
- Ca:Mg:Kのバランスが重要(目安:6:3:1)
EC(電気伝導度)
- 肥料成分や塩類の濃度の目安
- 高すぎると「浸透圧障害」で水が吸えなくなる
- 適正値は 0.2~0.5mS/cm
主な養分とその役割
元素 | 役割 |
---|---|
窒素(N) | 枝葉の成長・樹勢の確保 |
リン酸(P) | 花芽形成・根の発育促進 |
カリ(K) | 果実の肥大・糖度上昇・病害耐性 |
カルシウム(Ca) | 細胞壁の形成・日焼け防止 |
マグネシウム(Mg) | 光合成の中心(クロロフィルの構成) |
硫黄(S) | タンパク質形成・風味向上 |
微量要素(Fe, Mn, Zn, Cu, Bなど)も極少量ながら重要。
4. 化学性の乱れがもたらす症状例
- pHが低すぎる(pH<5.0)
→ 根の伸長障害、鉄・アルミニウム中毒 - pHが高すぎる(pH>7.5)
→ 鉄欠乏(葉が黄化)、マンガン欠乏(斑点状) - EC過剰(>1.0)
→ 萎れ、根腐れ、葉先の枯れ込み - カリ過剰
→ マグネシウムやカルシウムの吸収阻害 - Ca不足
→ 果実の軟化、裂果、日焼け - Mg不足
→ 葉の中肋間が黄化、光合成能力の低下
5. 土壌化学性の改善方法
pH調整
- 酸性土壌の場合(pH<5.5)
→ 苦土石灰や炭酸カルシウムを施用
→ 10aあたり100~300kg(pHや土壌質によって調整) - アルカリ性土壌の場合(pH>7.5)
→ ピートモス・堆肥・硫黄資材などで酸性化
有機物の継続施用
- 腐植やボカシ肥、完熟堆肥の投入
→ 微生物活性の向上 → 緩やかな化学性安定化
CECを高める
- 腐植を含む有機質を増やす(草生栽培、緑肥、堆肥など)
→ 保肥力が上がり、施肥の効果が持続
微量要素の補給
- 鉄:キレート鉄資材
- ホウ素:ホウ砂、微量要素入り肥料
- 銅・亜鉛:硫酸塩または葉面散布
過剰成分の洗い出し
- 高EC土壌では、潅水や客土、深耕での塩類洗い出しを検討
6. 土壌診断のすすめ
年1回の「土壌診断(分析)」を行うことで、以下の情報が得られる:
- 現在のpH、EC、CEC、塩基バランス
- 肥料の過不足状況
- 適正な施肥設計の根拠
診断結果に基づき「土壌施肥設計書」を作成すれば、感覚に頼らない施肥管理が可能となる。
7. 化学性と生物性・物理性の関係
土壌の化学性は、生物性・物理性と密接に関連している。
- pHが適正 → 微生物が活発に働ける → 有機物分解が進む
- 過剰な塩分 → 根が傷む → 根圏微生物も死滅 → 生物性低下
- 土壌が硬い(物理性劣化) → 肥料が均一に行き渡らず → 化学性バランス悪化
このように、三者は密接に関わり合い、どれか一つが崩れると全体が乱れるため、バランスの取れた土壌設計が不可欠である。
8. 果樹別の化学性の注意点(例)
- リンゴ
→ Ca吸収が重要。土壌pH 5.5〜6.5が理想。苦土やホウ素不足に注意。 - ブドウ
→ 塩類にやや弱い。EC過剰に注意。Kの管理で果実品質向上。 - ミカン類
→ 酸性土壌に強いが、pHが低すぎるとMg・Caの欠乏リスク。
まとめ:見えない化学性が、果実の品質を決める
果樹園での収量や果実品質は、肥料の量よりも「吸える環境が整っているかどうか」にかかっている。化学性はその環境づくりの要であり、「見えないけれど最も効いている要素」といえる。
長期的な果樹経営を安定させるには、毎年の土壌診断、バランスの取れた施肥設計、土壌pH・CEC・ECの管理を習慣化することが不可欠である。
**「効かせる」のではなく、「効くように整える」**という視点を持つことが、真の“土づくり”につながる。